では,長屋の住人の方が,他の住人から,長屋の切り離しへの同意を求められたら,どのような点に注意すべきでしょうか?
まず,長屋の切り離しにより,残された長屋建物の部分が,建築基準法等の関係で不適格な建築物となってしまう場合があります。例えば,長屋建物の敷地のうち,一部の住人の所有する土地のみが道路に接しているような場合,その道路に接する部分の土地に,独立した新しい建物が建ってしまうと,残された長屋の敷地のみでは接道義務を満たさない土地(道路に接しない土地)となってしまい,長屋の残りの部分について,その後は適法な建替え等ができなくなるおそれがあります。
これは,長屋は,一戸建て住宅等とは異なり,全体建物・全体敷地を一体とみる前提で建築確認(建築の許可)を得て,建物が建てられていることが多いことから,長屋の敷地の一部が独立した一戸建ての敷地に変わってしまった場合,当初の建築確認時の状況とは,建物と道路の位置関係や建物の形状等が変わってしまい,建築確認(建築の許可)が下りなくなってしまうことがあるからです。
東京地裁平成25年8月22日判決の事案では,切り離された後の棟割長屋が,斜線制限に抵触して違法建築物になってしまっており,判決においても,切り離しの違法性を判断する際,この違法状態を生じさせたということが重視されています。
このように,切り離しで残された長屋部分が,建築基準法に適合しなくなるなどの事情が生じ,大きな不利益を被ることがないか,十分考慮すべきと考えられます。
また,長屋建物は一体として建築確認を受けているのですから,その一部を切り離す場合,建物を減築することによって,耐震性などの建物の強度に大幅な低下が生じないか問題となります。場合によっては,建築基準法上必要な構造を満たさない建物になってしまうこともあり得ます。
そのほか,切り離し工事によって,建物の傾き,屋根・壁からの雨水の浸水,保温・断熱上の問題など,工事に伴う建物の不具合が発生することも懸念されます。
耐震といった安全面からも,雨漏り防止,保温・断熱など日常生活に必要な建物の仕様といった観点からも,長屋の切り取りに際して,切り取りを施工する業者に対し,どのような配慮,設計に基づき,長屋の残された部分の外壁・屋根などの補修・補強工事を行うのか,十分説明を求め,検討する必要があります。
また,長屋を切り離す場合,切り離し部分の隣人との間(境界部)の壁,柱等については,そのまま残すことが通常です。もし,境界部にある壁や柱まで半分に切り取ってしまっては,建物の強度にも深刻な影響が出てしまいますので,通常はそのような切り取りはしません。
しかしこのことにも問題があります。長屋で,土地をそれぞれの住人がばらばらに所有(分有)している場合,長屋の各部分の境界壁や境界部分の柱は,それぞれ分有された土地の境界線上にまたがって載っていることが通常です。土地の境界部の上にある柱や壁は,長屋では構造上,各戸共通の柱・壁(共有)になっているからです。
このような状態で,長屋の切り離しに際して,境界部の壁,柱等をそのまま残すということは,長屋の残された部分の端の一部(境界部の壁や柱の半分の幅の部分)は,取り壊された部分の土地にはみ出してしまうことになります。
このはみ出した部分に,仕方なく残された壁や柱がまたがって載っていることについて,切り離した部分の土地の所有者から,「自分の土地の端に,お宅の柱や壁が侵入している,不法占拠であるから撤去しろ,とか,はみ出し部分の地代を払え。」といったことを将来言われてしまうと大変です。細かい話ではありますが,残された長屋の部分の住人(特に切り離し部分の隣人)は,取り壊した部分の土地の所有者と,覚書や契約書を作って,はみ出した部分の取扱を明確にしておく必要があります。
以上,長屋の切り離しについて述べてきました。このように日常よく目にするようなテーマでも,思いがけず複雑な法律問題があり,注目すべき内容の裁判例が存在します。また,建築の実務上,切り離しや取り壊しを依頼する施主さんや,実際に施工をする業者さんが注意しておくべき点も数多くあります。
長屋の切り離しは一般的に数多く行われており,法律上の大問題になっているような例は,まだ少ないと思います。しかしながら,長屋の他の住人の方の同意を得ることなく見切り発車で工事を行い,後でトラブルとなった場合には,法律上,長屋の切り離し後,新しく建てた建物の除却まで命じられることがあり得ることも知ったうえで,計画を検討していただければと思います。