法律の決まりなんて条文にすべて書いてあるのでは?

法律の解釈ってどういうこと?判例の変更って何?

といった疑問を持たれる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

こうした疑問について,慰謝料の請求権は配偶者や子どもに相続できるのか?という問題を例に考えてみたいと思います。 

【慰謝料とは?】

 「慰謝料」は,精神的な苦痛・損害を被ったときに,それを金銭に換算して加害者に請求することができるものです。

 例えば,交通事故でケガをさせられたとき,治療費のほかに,痛みや通院の苦痛に対する慰謝料を請求できます。また,結婚相手の浮気やDVで離婚せざるを得なくなったとき,それまでの苦痛について慰謝料を請求できます。

【慰謝料の請求権が,相続との関係で何の問題になるのか?】   

かつての裁判所は,慰謝料は“被害者の苦痛そのものを慰藉するもの”であるため,慰謝料請求権は被害を受けた本人のみが請求することができる権利(一審専属権といいます)で,相続はされないと判断してきました。

まずは精神的な苦痛は本人が感じるもので,請求権は被害者本人にあるということが前提となっていたわけです。

とはいえ,事故などで亡くなられた方の遺族など近親者の精神的苦痛もあるはずですが,これについては,民法の条文の仕組みでは,民法711条に定められた,遺族固有の慰謝料請求権(被害者を亡くした遺族の悲しみ,苦痛に対する慰謝料)によると考えられていました。

ただし,711条は,条文上,近親者の範囲は「被害者の父母、配偶者および子」が請求できる,とされており,兄弟姉妹や祖父母,孫などが相続人になる場合には,相続人であっても,711条の近親者にあたらないのでは,という問題もありました。

※その後,711条の近親者の範囲については,必ずしも父母,配偶者,子に限られず,最高裁の判例で,711条の類推適用という形で拡げられてきています(最判昭和49年12月17日:最高裁判所民事判例集28巻10号2040頁)。また,父母,配偶者,子以外でも,精神的苦痛を証明すれば,慰謝料は請求できます。現在考えられている711条の趣旨・意味については,また別の機会にご説明したいと思います。

もっとも,裁判所も,慰謝料請求権は相続されないとしつつも,被害者が生前にその請求の意思を表示したときは,慰謝料請求権は,債権(特定の人に「お金を払え,物を渡せ」などと言える権利)として相続されるとされていました。

これは例えば,亡くなった方の銀行預金という,銀行に預金を払い戻してもらう債権が,配偶者や子どもなどの相続人に相続されるのと同じ理屈です。

典型的には,交通事故で大ケガを負った父親が,「加害者に慰謝料を請求する」と明言してから死亡した場合,その子供は相続人として,父親が交通事故の加害者に対して求めた慰謝料請求権を,相続により取得することになります。

とはいえ,事故に遭ってからを受けてから死亡するまでに,慰謝料請求を明言できるだけの十分な時間があるとは限りません。事故などで即死に近い瀕死の状況,今まさに死にかけているようなときに,明確に「慰謝料を請求したい」などということは普通言えませんし,例えば船が沈没する際などに,亡くなった人がそういうことを言っていたという証拠を残すことも困難です。   

【ざんねん判決!】 

そこで,被害者を何とか保護できないかということで,裁判所は昔からいろいろな工夫として,慰謝料請求権が相続される場合の基準を緩めるなどしてきました。

例えば,被害者が死亡する間際に,はっきり「慰謝料を請求する。」と言っていなくても,次のような場合には,被害者に慰謝料を請求する意思が認められるとし,相続人は慰謝料請求権を,被害者から相続により取得すると認めました。  

例1:交通事故の被害者が,病院に運ばれる途中「残念,残念。」と叫びつつ死亡した(大審院昭和2年5月30日判決:法律新聞2702号5頁)。  

例2:交通事故の被害者が病院に運ばれる途中「むこうが悪い,むこうが悪い。止める余裕があったのに止めなかったのだ」と言い死亡した(大審院昭和12年8月6日判決:大審院判決全集4輯15号10頁)。

1の判例は「ざんねん判決」として特に有名でした。

※大審院は,戦前にあった,現在の最高裁判所に相当する裁判所です。

しかし,以下の場合には,被害者に慰謝料を請求する意思は認められないとしました。

例3:船が転覆し,被害者が水中から手を出して「助けてくれ」と叫んだ(東京控訴院昭和8年5月26日判決:法律新聞3568号5頁)。  。

 「残念,残念」や「むこうが悪い,むこうが悪い」だと慰謝料を請求する意思は認められるけど,「助けてくれ」だと認められない,というのは,なかなか微妙で難しい線引きです。  

また,この判例の理屈によれば,交通事故で即死した場合など,一言も発する間もなく死亡したときは,被害者が慰謝料を請求する余地は全くなくなってしまいます。

【判例が変わった!】

 そこで,昭和42年に最高裁判所は以下のように従来の判例の考え方を変更しました(最判昭和42年11月1日:判例タイムズ211号224頁) 

「他人の不法行為により発生した慰謝料請求権は、当該被害者が死亡した場合には当然に相続されるものである。」

 (判例を変更するときには,最高裁の大法廷で審理され,判決は15人の裁判官の多数決によることになります。この判決については,4人の裁判官の反対意見(他人の不法行為により発生した慰謝料請求権は相続されないという意見)があります)。

この判決により,被害者が「慰謝料請求したい」という意思表示,「残念,残念」といった発言がなくても,慰謝料請求権は相続されることが認められました。

時代とともに,法律の解釈も変化し,判例も変更されることがあるのです。もっとも,裁判官の反対意見が付されているように,そこに至るまでに相当激しい考え方の対立はあります。

なお,先で述べたとおり,亡くなった被害者の父母など遺族にも,民法711条により,固有の慰謝料請求が認められていますが,亡くなった被害者本人の慰謝料と,遺族固有の慰謝料をタブルで算定することによって,慰謝料の額が二重取りになるということはありません。そこは裁判所によって,二重取りにならないよう判決で判断されます。