最近では,よく日常会話の中で,「それはパワハラですよ。」という発言を聞いたりすることも多いと思われますが,「パワハラ」とは,具体的にはどのようなものなのでしょうか。
前回ご紹介した報道内容によれば,厚生労働省が,今年の通常国会に提出を予定している法案では,パワハラの定義として,(1)優越的な関係に基づく(2)業務上、必要な範囲を超える(3)身体的・精神的な苦痛を与える,という3つの要素を3つとも満たすものとされています。
これらの定義は,これまで厚生労働省等がパワハラとして位置付けてきたものを引き継いだものと考えられます。
パワハラについて,厚生労働省の会議が2012年3月に公表した提言では,
「職場のパワー・ハラスメントとは,同じ職場で働くものに対して,職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に,業務の適正な範囲を超えて,精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」
とされました(厚生労働省「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」職場のパワー・ハラスメントの予防・解決に向けた提言)。
これまで,パワハラについて議論するときには,この提言の内容が基本とされてきています。
では,具体的に,何がパワハラに当たるのか,判断基準のポイントは次の3点です。
【パワハラの定義】
1 優位性を背景に行われる
パワハラを行う者に対して,被害者が抵抗・拒絶することができないおそれ(蓋然性)が高い関係に基づいて行われるものということです。
例えば,会社で人事権や勤務評定の権限を握っている上司と,その権限を行使される立場にある部下,といった関係がこれに当たります。
「俺の言うことは何でも聞け!さもなくば転勤させるぞ(勤務成績に響くぞ)!」といった発言が典型です。
なお,「優位性」は上司と部下といった,形式的な役職の関係だけから決まるものではありません。
例えば,長年その職場にいる部下が,新しく赴任してきた上司に嫌がらせをしたり,突き上げを行ったりすることも,ここでいう「優位性」に当たります(部下から上司へのパワハラを「逆パワハラ」と言ったりもします。)。
「あんたみたいな奴を上司とは認めん!」と言ってサボタージュするなどと言った行為です。
また,同じ係員同士でも,先輩・後輩関係や,先任・後任関係などで「優位性」が認められることもあります。新しく来た職員に何も教えず,「そんなことも分からないの!」などと執拗に攻撃をすることなどが典型です。
2 業務に必要な範囲,または,業務の適正な範囲を超えて行われる
社会通念上(今の常識から見て)明らかに業務上の必要性がない,またはその態様が相当でない行為ということです。
この点,業務上必要で,かつ適正な範囲を超えない指示,注意,指導等は,たとえ相手が不満を感じたりしても,パワハラにはならないと考えられています。
例えば,仕事でミスをした部下に対して,別室に呼んで,ミスをした理由を反省してもらうとともに,今後の改善策を述べてもらう,と言ったことは,上司の言い方にもよりますが,業務上必要かつ適正な範囲としてパワハラにはなりません。
しかし,「お前なんかクビだ!」,「どこの学校出てるんだ!」,「お前は使い物にならない。」などと言った発言は,具体的な業務の内容とは関係なく,今後の業務改善に必要とは言えません。さらに,言葉遣いとしても,人格を攻撃するだけの単なる罵声ですので,およそ職場での発言には適さず,業務上適正な範囲も逸脱しています。
必要な指示,注意,指導とパワハラの境界線を判断する際には,この業務に必要な範囲か,業務の適正な範囲を超えていないか,ということが決定的に重要です。
例えば,「バカ」,「アホ」といった人格を攻撃する罵声は,どこからみても業務に必要な発言とは言えませんし,職場での発言としても不適切です。このような言葉は,たとえ勢いで発してしまったとしても,一発アウトと判断されることがあります。
3 精神的・身体的苦痛を与える,または,職場環境を悪化させる
相手に身体的,もしくは精神的苦痛を感じさせる,または,職場環境が不快なものになることにより,能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど就業上見過ごせない支障を生させる行為ということです。
殴る蹴るといった暴力,物を投げつけるといった身体的苦痛を感じさせる行為のほか,悪口や人格攻撃を繰り返す,無視を続けるといった精神的苦痛を感じさせる行為が典型です。また,職場環境を不快なものとさせる行為としては,常に大声で部下を罵倒したり,嫌がらせのように無理な仕事を押し付けたりして,職場のメンバーの仕事への意欲を失わせたりする行為が含まれます(多くは精神的苦痛も伴います。)。
この場合,苦痛を感じるかどうかの判断は,原則として,パワハラを受けたとされる被害者側がどう感じたかについて,平均的な労働者の感じ方を基準とするものと考えられています。ただし,パワハラが問題となった裁判例などによれば,相手がメンタル等に疾病を抱えていることを,上司等の行為者が承知していたような場合には,そのことを踏まえた配慮が必要とされています。
苦痛を感じるかどうかは,パワハラとされる行為を受けた側,被害者の立場に立って判断されるのですから,加害者とされる側が,いくら「自分は,部下に発奮を促すつもりで言った。」,「悪気はなかった。」,といった「自分の主観」の言い訳をしても,それは通用しないことに十分な注意が必要です。
(その3に続きます)